2026.07.10
1.なぜ今、「企業価値担保権」なのか
近年、事業環境が急速に変化する中で、成長投資や事業承継、再生といった場面において、従来型の「不動産担保+経営者保証」という資金調達慣行だけでは対応が困難なケースが増えています。こうした中で、令和6年6月に成立し、令和8年(2026年)5月25日に施行された「事業性融資の推進等に関する法律」(以下「法」といいます。)が、事業者の資金調達・成長支援を後押しする制度を整備しています。そのなかに、いわゆる「企業価値担保権」が位置付けられています。 この担保制度を活用することで、事業者が「今持っている資産」だけではなく、「将来得られる財産」も含めた「総財産」を担保として活用可能となり得るため(法第7条第1項)、事業者としては資金繰りや成長投資の選択肢を広げることができます。
制度創設の背景を整理すると、①成長企業・中堅企業の資金調達ニーズの拡大、②担保・保証に関する従来の制度の限界、③金融機関側からの新たな保全・関係性金融(リレーションシップ・バンキング)への意欲、という三つの流れが重なっています。金融庁が「不動産担保・経営者保証に過度に依存しない、事業の将来性を担保とする融資を促す」制度設計を示している点も、注目すべきです(https://www.fsa.go.jp/policy/kigyoukachi-tanpo/index.html)。 このように、企業価値担保権は、単なる担保制度のひとつではなく、「事業の成長支援・伴走型関係構築」を実効化しうる制度インフラとしての位置づけがあると言えます。
2.制度の概要:事業者が押さえておくべきポイント
(1) 制度の特徴
上述したとおり、本制度により、事業者は将来において会社の財産に属するものを含む「総財産」を担保として設定できる枠組みが整えられています(法第7条)。この点が従来の個別資産担保とは異なる最大の特徴です。
また、担保権者を信託業の免許を受けた者(信託会社等)とすることにより(法第8条第2項第2号)、企業価値担保権の適切な理解等、担保権の適切な活用を確保し、実務運用の安定性を担保しています。
加えて、実行手続については、原則として事業者の事業の譲渡によるものと定められており(法第157条)、回収の際の事業継続を重視するとともに、従業員や債権者保護の観点も制度上組み込まれています。
そして、重要な点として、企業価値担保権を設定する場合、原則として、経営者保証の利用が制限されるとともに、他人の債務を担保するために企業価値担保権を設定することが禁止されており、経営者保証や物上保証といった制度の代替手段として用いられることが想定されています(法第12条、第13条)。
このように、制度の枠組みを簡単にまとめると、将来取得財産を含む総財産を対象とし、事業の継続を前提とする実行手続を備えた、経営者保証等に代替する担保制度であると言えます。
(2) 想定される活用例
企業価値担保権の「主な活用例」としては、まずベンチャーキャピタル等との協調も視野に入れたスタートアップ向け融資が挙げられます。売上がまだ十分でなく赤字が続くアーリーステージであっても、将来の事業価値やキャッシュフローを前提に、研究開発費や先行投資資金を調達しやすくするイメージです。
次に、地域の中小・中堅企業が設備投資や新店舗出店、新規事業への参入など、事業の継続・成長の ために必要な成長投資資金を調達する場面での活用が想定されています。
さらに、事業再生や事業承継の局面では、既存借入の借換えを通じて経営者保証や過度な担保設定を見直しつつ、新たな事業への転換資金や再生投資資金を確保する手段として位置づけられています。
加えて、M&Aやプロジェクト・ファイナンスでは、買収資金や大型プロジェクトの立ち上げ資金などを、対象事業全体の将来価値を担保に調達する枠組みとして活用されることが期待されています。
(3) 事業者・金融機関双方に及ぼす実務的影響
事業者の立場から本制度を捉えた場合、次のような影響・メリットがあります。
① 担保構築の可能性拡大:将来に得る収益・顧客基盤・無形資産など、従来担保として捉えにくかった財産を、担保目的としうる点で、資金調達の幅が広がります。
② 経営者保証・物上保証依存の低減:制度利用にあたり、経営者個人の保証負担を見直す契機となり得ます。
③ メインバンク化・関係性深化:金融機関側が本制度を活用することで、メイン金融機関(主幹銀行)として関係を強化し、事業成長支援に寄与するポジションを取りやすくなります。
ただし、制度を活用するにあたって、事業者として留意すべき点も少なくありません。その留意点については稿を改めて整理します。
以上
弁護士:塩路 涼
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